【MD 理論 Part.5】エネルギー保存とは?NVE計算で全エネルギーを確認する理由

解説シリーズMD編

前回の記事では、分子動力学法(MD)の時間刻み幅(dt)を説明しました。dtを大きくすると少ないステップで長い時間を計算できますが、大きすぎるdtでは原子の運動を正しく追えない可能性があります。その異常に気づくための手がかりの一つが、全エネルギーの時間変化です。

今回は、なぜNVE計算で全エネルギーを見るのか、グラフのどこに注目するのかを説明します。具体的なdtごとの比較結果は、別のLAMMPS検証記事で扱います。

前回の記事はこちらです。

【MD 理論 Part.4】時間刻み幅(dt)とは?計算時間とトラジェクトリーの関係
分子動力学法(MD)の時間刻み幅と、ステップ数・計算時間・トラジェクトリーの保存間隔の違いを、1 fsの計算例で解説します。
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全エネルギーは運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの和

MDで原子が動くとき、その速度から運動エネルギーが、原子配置と力場からポテンシャルエネルギーが決まります。この記事でいう全エネルギーは、この二つを足したものです。

全エネルギー = 運動エネルギー + ポテンシャルエネルギー

原子が互いに引き寄せられて速く動けば、ポテンシャルエネルギーが減り、運動エネルギーが増えることがあります。逆の変化も起こります。たとえば運動エネルギーが0.2増え、ポテンシャルエネルギーが0.2減れば、両者の和は変わりません。

したがって、運動エネルギーやポテンシャルエネルギーが個別に変動することは、エネルギー保存則に反しません。何が保存されるかを考えるときは、両者の和を見ます。

エネルギーの種類そのものについては、以前の記事「MDの“なんとかエネルギー”」でも紹介しています。ここでは、全エネルギーを計算の確認にどう使うかに絞ります。

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NVE計算ではなぜ全エネルギーを見るのか

NVEは、粒子数(N)、体積(V)、全エネルギー(E)を一定とする条件です。通常の固定セルで、時間によって変わらない保存的な力だけを使い、外部から熱や仕事を出し入れしなければ、理想的な運動では全エネルギーが保存されます。

これは「各原子の速度が一定」「温度が毎ステップ一定」という意味ではありません。原子間でエネルギーがやり取りされるため、個々の速度や系の瞬間温度は変動します。系全体として、運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの和が保たれる、という意味です。

一方、サーモスタットやバロスタットを使うNVT・NPT計算では、対象の系が外部との熱や仕事のやり取りを受けます。この場合、原子系の全エネルギーだけが一定であることを期待してはいけません。NVEでの保存性の確認と、本番のNVT・NPT計算で目的の物性を確認することは、役割が異なります。

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数値計算では完全な直線にはならない

コンピューター上のMDでは、有限のdtで運動方程式を近似的に積分します。そのため、保存すべき条件でも、出力される全エネルギーが毎ステップ一字一句同じ値になるわけではありません。

全エネルギーの揺らぎと時間変化を見る

全エネルギーが基準値の周りで上下しているだけなら、その揺らぎだけを見て直ちに「保存則が破れている」とは判断できません。有限の時間刻み幅による数値誤差などで、変動は生じ得ます。

LAMMPSの fix nve で用いる速度Verlet法では、dtを大きくしても全エネルギーが一方向に増え続けるとは限りません。揺らぎの幅が大きくなる場合もあります。反対に、時間とともに値が一方向へ変化し続けるなら、計算条件を確認する必要があります。

グラフを見るときは、短い区間だけで判断せず、同じ物理時間でdtの異なる計算を比較します。ただし、全エネルギーが一方向に変化しないことだけでは、目的の物性値が正確かどうかは分かりません。

保存性が悪い原因はdtだけではない

dtが大きすぎると、速い運動を十分に追えず、エネルギーの揺らぎが大きくなったり、計算が不安定になったりする場合があります。しかし、全エネルギーに変化が見えても、必ずdtが原因だと断定することはできません。

力の計算とエネルギーの定義が整合しているか、ポテンシャルの打ち切りや長距離相互作用の設定、拘束アルゴリズムの許容誤差なども確認が必要です。また、外力を加える、セルを変形させるなど、系に仕事をする設定では、そもそも同じ保存則をそのまま適用できません。まず計算条件を確かめてから、dtの影響を切り分けます。

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dtを選ぶとき、エネルギー保存性をどう使うか

新しい系や力場でdtを決めるときは、まず本番条件に近い構造・温度で初期状態を作ります。その状態を共通の出発点として、dtだけを変えたNVE計算を複数走らせます。比較するときは、総ステップ数ではなく計算した物理時間を揃えることが重要です。dtが半分なら、同じ時間まで進めるにはステップ数を2倍にします。

全エネルギーを時間に対して描き、揺らぎの大きさや、時間とともに値が変化していないかを確認します。LAMMPSでは、熱力学出力の pe(ポテンシャルエネルギー)、ke(運動エネルギー)、etotal(両者の和)を記録できます。dtによる違いを見るときは、同じ系・同じ原子数で比較します。

保存性がよいdtでも、物性の確認は必要

NVEで全エネルギーが一方向に変化していなくても、そのdtが目的の計算に十分正確であることの証明にはなりません。拡散係数や構造量など、求めたい物性に時間刻み誤差が残る場合があります。dtをさらに小さくした計算と、目的物性が変わらないか比較します。本番がNVTやNPTなら、その条件でも物性のdt依存性を確認します。

また、エネルギー保存性の判断は、観測時間や許容する誤差によって変わります。どの系にも使える「最大dt」を一つの値で決めるのではなく、対象の系、力場、積分法、拘束条件と、必要な精度に合わせて選びます。

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まとめ

  • NVE条件では、運動エネルギーとポテンシャルエネルギーが個別に変動しても、理想的にはその和である全エネルギーが保存される。
  • 数値計算では全エネルギーが揺らぎ得る。dtを変えた計算を同じ物理時間で比較し、揺らぎの大きさや時間変化を見る。
  • 保存性の悪化はdtだけでは説明できない。計算条件を確認し、dtの影響を切り分ける。
  • エネルギー保存性がよくても、目的物性がdtに対して収束しているかは別に確かめる。

複数のdtで全エネルギーのグラフがどう変わるかは、別のLAMMPS検証記事で示す予定です。

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